見上げてみれば 同じように感じられるから。

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「どうしてここを出ることをずっと黙ってたんだよ!!!」

 

『言わなきゃって思ってたんだよ。一番最初に言わなきゃって。』

 

「じゃあ、、どうして言ってくれなかったんだよ!」

 

『言いたかった。でも言えなかった。言えば絶対にお前は寂しそうな顔するだろ?ほら、その顔。だから言えなかった。お前のそんな顔見たくなかったから。』

 

うをー!!って抱きつく男の青春。

 

 

「もうおれはダメだ、、」

 

『どうしたんだよ』

 

「あの子にフラれちゃった、、。おれがダメだったってことはわかってるんだけど、だからこそ、悔しい。お酒に頼るしかねえよこんな夜は。付き合ってくれよな」

 

『ああ。付き合うぜ。でもな、そんな時にお酒に頼るなんて言うなよ。お酒に頼るよりもおれを頼れよ!な。今日は朝まで付き合うから。また明日から笑ってこうや。』

 

「ありがとう。」

 

 

ってセリフ言ってみたいよね。☝🏻️

花びらそっとそっと踊るように舞って始まるよきっときっと新しい季節。

今日大学の卒業論文を出した。

卒アルの写真も撮った。ゼミは7人。

4回になって全員が集まったのはほんの数回。そんなゼミ。

なんとなく決めたゼミだがここでよかったと思う。

なんせ学校に友達はおらず、きっとどのゼミに入っても浮いていた。

だがここは基本変な奴が多かった。

ギャンブル依存っぽいやつや廃人や廃人や廃人や一人ちょっとイケてるタイプのギャンブル好きや鶏みたいな髪型のゼミ長(一番しっかりしているが、ドヤ感がすごい)そして私だ。

 

こんな私だが大学4年間で接してきた人(部活一緒だった人以外)は私のことをどう思っているか。

  • 陰キャ
  • 無口
  • 無表情
  • コミュ力0男

などだろう。

 

なぜこうなったのか。

自分で言うのも何だが、今までいつも勝手に渦の中心に居たようなやつだったのだが、、。

理由はいくつかあるかもしれない。

  • 関西弁が最初苦手で話すのを拒んでいた
  • 野蛮だと思っていて避けていた

するとどうだ。

気が付けば、グループが確立されていた。

 

 

 

やられた。

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授業も前の方でボッチ受講はもちろんのこと、ダンスの授業ではぼっちでいけてたが途中からグループ授業になり、とあるダンスいえーいみたいなグループに一人ぶちこまれたこともある。とは言ってもよっともは5.6人はいた。よって言うだけの。(笑)

この気持ち、、、

 

 

 

わかるか?

 

とは言え、3回になればそんな授業も減り、1,2回で身に着けたぼっちメンタルがあれば乗り切れることばかりだった。4回になれば授業も減りよっともともよって言えるすれ違いはなくなった。

 

ゼミはなかなか楽しめた。

普通に会話する。もちろんいつものようなテンションではないが。

時々話を聞いていてボケたくなったりはあったけど、ぐっとこらえて、でも頭の中で自分でボケてみると面白い。そんなことを考えながら話を聞いているとは誰も思っていないんだろうなと思いながらそんな自分を客観的に見てみると面白くて、ニヤッとしてしまう時もある。「急にどうした(笑)」って言われる。また変な奴だと思われる。

まあ確かに、、、

 

 

 

 

どうした?

 

今日の集合写真も椅子に横一列の集合写真。シュールだ。

ポーズはよくわからない、トレンディエンジェルのたかしがする

「うれし、はずかし、たかし」のポーズ。

おもわず、「うれし、はずかし、たかし」ってボケたくなったが、

「いや、お前、そんなキャラちゃうやろ」と冷静になる。

なので一人、はいチーズと言われたときに、

「うれし、はずかし、たかし」と唱えた。

 

 

 

 

 

「いつかこの写真を見たとききっと笑うだろう。」

 

そんな帰り道の話。

kiroroの「未来へ」を聞くと卒業のあの気分になる。不思議なもんだ。

思い出は振りかればそこにあるものなんだと思った。

 

卒業式。

小学校の時のは、地獄の卒業式。あれほど苦しいメンタルで卒業式に出たことがある人はなかなかいないだろうってくらいの式。

中学校の時のは、卒業式終わりの体育館で何人かでこっそりバスケしていたら仲良しな修学旅行のグループのみんなとの写真に入りそびれる。門の外の特攻服のヤンキー怖かったな。

高校の時のは、式の時に歌う仰げば尊しで号泣していたらそれが卒アルの追加写真に選ばれるくらい卒業したくなかった式。

大学の卒業式は出ない予定だ。

この先卒業式あるのだろうか。

この前まで2年くらいスタッフをしていた団体、卒業式みたいにないかな~とか思っていたけど特に誰からもなかった。期待していたわけではないが少し寂しかったな。。(笑)

 

きっと仲良くなれた人はいたはずだ。

この先は頑張ろう。

働き始めてこの状況にまたなるとかなり辛いのでしっかり諦めず決めつけず逃げずにコミュニケーションをとっていこう。

 

こんな謎な口調でこの文を書いている、、、、、。

 

焼肉食べたい。次はやきトン。

 

 

 

 

 

 

 

やられた。

 

生身の36度5分 飾らずにいざ。

明確な悩みもあれば、

捉えられない悩みもある。

明確な解決策がある悩みもあれば、

どうしたらいいのかわからない悩みもある。

 

謎に曇り空な日もあったりして、

今日とか最近はそれだったんだけど、

たぶん理由は、今の自分の状況だと思う。

大学4年生で、就活も卒論も終わって、

周りの頑張っている人を見ていると、

何やってんだろう自分って劣等感を抱くときもあるし。

 

でも、だからもっと頑張ろうって思えるのかなー。

 

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いろんな形の雲があるし、時に雲が空を覆い尽くす曇りな日も雨を降らす日もあるけど、「雲の上はいつも晴れ」だし、雨降って地固まるし、虹ができるし、虹の向こうはこの先にあると思う。

永遠の淵、思い変わらず同じ言葉をぼくは言いたい。

生きていく中でどれだけの人と出会う事が出来るのだろう。

 

小沢さんが言ってたことを少し改良してみる。

「人類に今大体70億人が生きていて、一人につき1秒会えたとしても210年かかる。」

 

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ってことは、会えない人の方が多いってこと。

70億人も人がいる中で、今は2016年2016年も人類は生まれては死んでって繰り返してる。地球が生まれたときから考えると46億年?いろんなタイミングがあった中でこの時代に生まれてきて、

 

例えば、好きな人とか、大切な友人とかに出会えた自分が居て、

でもその人達に出会えた人の方が多くて、そんな中で出会えて、さらにはそういう気持ちを抱くことのできているそういう関係になれている自分って凄くラッキーだなぁって思うわけ。

 

高校時代まではほとんどが家の近くで活動していた。

友達も学校か野球関係かで。

でもそれでもいいと思っていた。

でも、ずっとにいるんだろうなって思っていた大親友(と思っていた)含め毎日遊んでいた友達にはあっさり裏切られたし、それでも、その先では友達は増えた。

でも、色んな当時仲良かった人も時間がたてば、もう連絡も取らないことが当然だったり。地元を離れると特に。

でも、その分より濃い関係になれた人たちがいる。親友とか友達とか言葉が苦手になっていた自分が、自信をもって親友と呼ぶ人たちがいる。

 

地元を離れ、自分の知らない町で確かに同じ時間を暮らしていた人たちと出会った。

人生の中で心からびびっと来るような魂で共鳴するような人と出会いたいと思ったのが旅に出た最初の理由。

 

初めて旅をしたGWからも2年半。

いろんな出会いがあった。

全国の人と出会った。

部活で出会ってたら、また違う関係性だったはずの人。

上司と部下で出会ってたら、また違う関係性だったはずの人。

この2年半で言っても、ものすごく仲良くなってずっと仲良くいられたらって思う人ができた。けど、今ではなかなか会わない。そうなっている人ももちろんいる。別に会う会わないはそこまで重要ではないと思っている。大切ではあるけど。気持ちの方。少し寂しいけど。

 

この先生きていくと、また、もう会わないで終わる人も出来るかもしれない。

でも、本当はみんなと仲良く笑って生きていく未来がいい。

ときどき考えることはある。

あのまま仲良くできていたらどうだったんだろう?

まあでも、じゃなかったら今の自分はないわな。

に落ち着く。

そこに落ち着ける今が幸せだと思う。

そう思える周りにいる人に感謝だな思う。

 

最期には一体なにが残るんだろう。

 

一つ一つの出会いを蔑ろになんてしたくない。

大切な人はやっぱり大切にしたい。

笑っていてほしい人には笑っていてほしい。

自分はあまり弱音を吐けないタイプだから、口には出さないけど、こう見えて人一倍気にしいやし、不安症だし、勝手に頭で何か進むし、変わらないものが欲しい。一人じゃないよって思わせて欲しい。葬式までよろしくなって思える人がいい。

人にどう思われるかよりもどう思うかって言うし、そっちの方が簡単だから、

そう思われたいのはあるけど、まずは、大切な人をそう思おうと思う。

大切な人が元気ない時にいつでも元気させてあげられるように、いつでも頼ってくれるようにいつも元気を準備していたい。時にはそんな時のこれは、子供っぽいとか、綺麗事がうざいと思われることはあるだろうけど。

 

出会う前までは一緒にいない事が当たり前だった人生も

出会ってしまえば一緒にいないことが想像できないくらいがいい。

 

人類に今大体70億人が生きていて、一人につき1秒会えたとしても210年かかる。今でも70億人も人がいる中で、色んな時代があって、地球が生まれたときから考えると46億年?いろんなタイミングがあった中でこの時代に生まれてきて、そんな中で出会えて、こうして仲良くなれたことが嬉しい。

 

最期には一体なにを想うんだろう。

 

この人生が終わる時、最後に抱く感情は、好きな人を想い、生きてきた中でのすべてに「ただ、ありがとう」がいい。

 

 

 

いい感じの森の中でゆっくり空を見れば雲が流れてゆく。

 

 

 

突然とブログをはじめてみた。

ブログ言ってもメモ張みたいになるつもり。

理由なんてものは、後から考えるといくらでも思い浮かぶ。

 

好きな人ができて、

時間を過ごしていくうちに好きなところが沢山浮かぶように。

 

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てな感じで理由を考えてみた。

・卒論も終わって暇になる

・PCとか苦手すぎてタイピングが中学生の時とスピードが変わらな過ぎて仕事始まる前でも早くなりたいと思った。

とかとか。

 

ここまで書くだけで10分。

もう手が痛い。

タイピングどうしたら早くなるの。泣

特にURLとかを載せるつもりはないから自己満日記。

つまらなすぎて、ジェイドって凄かったんだなって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

やられた。

 

大学生活4年間が終わろうとしている。

あっという間だった~なんてこと今思うけど、

途中はかなり苦しい日々だった。

 

高校時代は地元から出るつもりもなくて、

福岡の大学いくつか受けたけど全滅。、、、

 

 

 

 

 

 

 

やられた。

 

 

じゃあなんで大阪の大学を受けたのかな~って考える。

勉強の熱が入らなかったからとか。(だから福岡落ちる)

オープンキャンパスいくから~とか言って自分だけで県外に行ってみることがわくわくして、行ったからには受けたとか。

 

って思ったけど、大阪行くことが決まった時はまあ仕方ないかーくらいで。

大阪に来てみたら、めっちゃ田舎で、キャンパスライフの欠片もなくて、

オレンジデイズハチクロプロポーズ大作戦をイメージしてたから尚更。

入学式の次の日に編入の資料取り寄せてたり。

学校の人は野蛮な人が多くて、授業中は猿かってくらいにうるさいし、

死ねとか殺すぞとかすぐ使うし、関西弁はきついし。

一人暮らしはさみしいし、一人暮らしは大変だし。

11年続けていた野球もやめて違う部活に入ったけど、
上下関係や活動内容や先輩たちの行動と言葉がずれすぎて、
ここにいたら魂が腐る。と思って一年で退部。



2014/04/15に人が本気で夢を追いかけて頑張っている姿に心打たれて夢ができて、

何もしないのはつまらない!と思って、
GWにヒッチハイクの旅に出てみたら、
出会いの素晴らしさ知って、
見えてた色のない世界に色がたくさんあることに気がついて。
関西に旅団体を作るってことで、代表入れた6人のその中心に19歳の若僧が入り込んで、他5人は年上で、6個も5個も年上で世界一周とか行ってる人たちで、でも入ってたくさん動いてたくさん学んで、30.40歳とかの知り合いもたくさん増えてって。
そこからその夏に海外をバックパック背負って旅に出て、気がつけばそこでもスタッフとかもして、GWからの2年半でたくさん出会った。人にも景色にも感情にもそして、自分にも。

そんなこんなな今、もう一度考えてみる。

一人暮らしは大変だった。
でも、親の有り難みを偉大さを当時は気づかなかった優しさとか愛を気づけた。
帰った時にはありがとうを伝えよう。優しく笑顔で接っそう。

一人暮らしは寂しかった。地元の人はたくさん地元で集まってる。
でも、その分いつ帰っても迎えてくれる大切な親友になってた。地元に残ってたらもっと多くの当時仲良かった友達と今も仲良かったかもしれないけど、離れて会う機会も連絡する機会も減って、もう会わなくなってる友達も増えたけど、でも今でも変わらずに仲良くしてくれる親友たちができた。そして、地元離れたからこそ全国にも大切な友達ができた。

部活は大変で楽しめなかった。
でも、先輩が言ってた言葉も今ではわかることもある。野球部の時とは違った部分の上下関係や礼儀作法も学べた。入ったおかげで辞めて、辞めたおかげで旅に出て、大切な人たちと出会えた。

野蛮な人が多かった。
でも、多いだけでみんなではないし、一人一人ときちんと向き合えばいいところがあると思うし、人のいいところは自分が引き出せてる人間かどうかってことでもある。相手は鏡だから。

なんで大阪に来たんだろうって改めて思う。
自分次第で変わると思った。
それは良い方向にも悪い方向にも。
大阪に来てなかったらきっと出会えてなかった人がたくさんいると思う。

葬式までよろしくな~~って思う友達も、

この人の笑顔を誰よりも見ていたいって思う好きな人にも、出会えてなかったと思う。

この4年間で、苦しかったこと悲しかったこと辛かったこと逃げ出したくなることもあった。楽しかったこと嬉しかったこと喜んだこと笑ったこともたくさんあった。

そんな4年間、大阪に出て来て良かったと思う。

そんな風に思える今が嬉しい。
実は☆のとこから携帯で打ってる。笑
もう手と首痛くて泣きそう。頑張る。

 

その4年間で感じたことや、これから感じたことをたま~に書いていこうと思う。

 

 

何もない時に劣等感に押しつぶされそうな時も、

この先自分に自信がなくなりそうな時も、

忙しさの中で心に余裕がなくなりそうな時も、

描いている明るい未来を信じて、

どうか笑って生きていきたいと思う。

どうか笑っていてほしいと思う。

笑顔にさせてあげたいと思う。

 

 

くだらないの中にも沢山ある。